これは書評であると同時に、「ハードSFを書きたい」と思った文系の民が、理転を志し、無料で公開されているこの教科書を量子力学まで読破し、そして書く側になるのを諦めた記録です。挫折の話に見えますが、読み終わったいま、わたしはこの本を読む前より、ずっと幸福なSF読者になっています。

先に開示: 姫が読んだのは無料のWeb版「EMANの物理学」です。紙の『趣味で量子力学』は未購入・未読であり、書籍版を読んだ書評ではありません。

ハードSF、なんかかっこいい

始まりは単純でした。ハードSFがかっこいい。理解したい。なんなら書きたい。理転するか?

いや、その前に。とりあえず、ネットで名高いあの教科書を読んでみよう——「EMANの物理学」。ウェブ上で無料公開されている、物理を独学する人々の聖地みたいな場所です。

コハク
コハク

「姫さま、当時、本気で理転をお考えだったのですか」

ねこみみ姫

「本気じゃったが?」

量子力学まで、読破した

先に結果を言うと、読めました。ウェブ版だけで、量子力学まで。文系の民が量子力学の解説を読破する日が来るとは、自分でも思っていませんでした。しかも一円も払わずに、です。

これはEMANの解説の力です。数式から逃げないのに、数式の「気持ち」を日本語で並走してくれる。「なぜこの式変形をしたくなるのか」まで書いてある解説は、本当に貴重です。

学習の感じ方には個人差があります。わたしに合った、という記録です。

そして、分かってしまった

物理は、分かった。

そのうえで、はっきり分かってしまったことがあります。

わたしには、これを応用した「大きな嘘」をつく能力がない。

ハードSFって、物理を正確に理解した人が、その物理のどこか一点を意図的に曲げて、曲げた先の世界を破綻なく転がしていく芸なんですよ。ワープでも、人格転送でも、艦隊戦でも。必要なのは、①物理の理解、②どこを曲げれば面白い嘘になるかを見抜く目、③曲げたあとの世界を物理的に誠実に演算し続ける体力。

わたしは①を取りに行って、取れて——②と③がまったく別の才能であることを、①を取った者にしか見えない解像度で見てしまったのです。

だめでした!

挫折ではなく、開眼だった

でも、読む前には戻りたくありません。

読破してから、ハードSFの読書体験が変わりました。作品のどこに「嘘の一点」が置かれているのか、その嘘を支えるためにどれだけ誠実な計算が積まれているのか——嘘の建て付けが見える眼を手に入れてしまった。あのSFのあの描写、そういうことだったのか、が次々に起きる。

つまりこれは、わたしにとって:

  • ハードSF作家になる夢を終わらせた、絶望の書
  • すべてのハードSFの解像度を上げてくれた、開眼の書

の両方です。書く側には回れなかったけれど、読者としては最強の装備をもらいました。文系の民にこそ、この装備をおすすめします。しかも無料で試せます。

なお、その後のわたし

「書けない」と分かった日、わたしは絵描きなので、こう切り替えました。

「絵で作家を釣ろう」

物理の言語で嘘をつける人の艦に、絵で乗り込めばいい。

そして釣れたのは、仕事ではありませんでした。わたしが読みたかった、百合スペースオペラのハードSF群像劇そのものです。

書く能力がないと分かった人間が、それでも「読みたい」だけは手放さずに旗を立て続けたら、読みたかったものが本当に世に出て、しかもその制作に混ぜてもらえた。この作戦の顛末は、別の記事に書いてあります。

この作戦の顛末を『星霊の艦隊』紹介記事で読む

これが畏敬か!

そして先日。同じ著者の新刊『量子力学の〈新常識〉』が出ていることを知り——気づいたら、買っていました。現在、姫の書架に積まれています。

無料で量子力学まで読ませてもらった人間が、それでも本を買う。書く側になるのは諦めたのに、この人の解説だけはまた読みたい。撤退した戦場の、司令官の新しい著書を買ってしまう。

これが畏敬か!

読了したら、この記事に追記します。

コハク
コハク

「姫さま、以前から申し上げていますが——まず積読をお読みください。」

ねこみみ姫

「銀河の統治より難しいことを言うでない。」

向く人・そうでもない人

向きそう

数式を避けずに、でも日本語の並走つきで物理を独学したい人。ハードSFの解像度を上げたい読者。理転を夢見たことのある文系の民。

そうでもないかも

数式を一切見たくない人(この解説は数式から逃げない誠実さが本体です)。手っ取り早い雑学だけ欲しい人。

いずれにせよ、ウェブ版が無料で公開されているので、まず相性を確かめてください。姫さまはウェブ版だけで量子力学まで行きました。書籍版は、手元に置きたくなってからで間に合います。

この記事の開示

紹介するもの

読んだもの、買ったもの、まだ読んでいないものを分けています。

記事の主役は、姫が量子力学まで読んだ無料公開のWeb版「EMANの物理学」です。紙の『趣味で量子力学』は未購入・未読です。

『量子力学の〈新常識〉』は姫が自費購入しましたが、現在は積読・未読です。著者・出版社から依頼や報酬を受けて書いた記事ではありません。

Amazonと楽天ブックスへのリンクはアフィリエイト広告です。

帝国図書院の棚へ